個人ブログ
①アヤワスカリトリートのリベンジを決めるまで
澤田 明子 掲載内容は執筆者個人の見解であり、ありのまーま株式会社の公式見解ではありません。
十数年前に知ったアヤワスカ
南米バックパック中に知った存在
私が初めてアヤワスカという言葉を知ったのは、十数年前に南米をバックパックしていた頃でした
旅行者同士で情報交換をしていると、
「伝統的な方法でシャーマンからアヤワスカの儀式を受けられる場所がある」
という話を耳にすることがありました。
トラウマや自分の内面と向き合う、ある種の「心のデトックス」のような体験ができるとも聞きました。
興味はありました。
でも、実際に参加するほどではありませんでした。
興味本位、実行未満。
そんな距離感のまま、十年以上が過ぎました。
2024年、最初のアヤワスカ
夫婦関係を見つめ直すための参加
その後、私はイタリア人男性と結婚しました。
結婚生活を続ける中で、お互いの価値観や気持ちの違いが大きくなり、今後の関係について考える時期がありました。
そこで、日常から一度離れ、お互いの気持ちを整理する機会として、2024年に元夫とオランダのアヤワスカ・リトリートに参加しました。
これが私にとって最初のアヤワスカでした。
一度目のセレモニーでは、自分の身体が鋼の鱗で覆われているように感じました。
私はその鱗を一枚ずつ剥がし続けます。
剥がしても、また生えてくる。
当時は非常に怖い体験でした。
後から振り返ると、自分が作ってきた心の防御を、一枚ずつ外そうとしているようにも感じられました。
2回目のセレモニーでは、自分の存在そのものを否定されるような感覚もありました。
心の奥底に潜んでいた私の細胞と意識の一つ一つから自分の存在を否定され続けました。
恐怖と絶望、惨めさや悲しさ、やり場のない喪失感。
私は長い時間泣き、元夫の手を握りながら、
「愛している」
と何度も言っていました。
二年経った今になって振り返ると、その言葉には愛だけでなく、
「この世から消えたくない」「この関係を失いたくない」
という恐怖や、夫婦としての責任感も混ざっていたのだと思います。
そのため、最初のリトリートのあとも、私の中には少し消化しきれない感覚が残りました。
二年後に決意したリベンジ
もう一度確かめたいと思った理由
それから二年。
元夫とは離婚し、生活も大きく変わりました。
でもそんな日々の中でも、心の底にまだ潜んでいる喪失感は消えていませんでした。
ふとした時に、たまらなく感じる孤独、悲しみ。
その負の思いとは別に、イタリアという土地で一から自分の生活を立て直し、
前を向いて前進している自分をもっと愛してあげたい気持ちもありました。
「二年前とは違う状況にいる自分が、もう一度アヤワスカを経験したら、何を感じるのだろう。」
何か特別な答えをもらうというより、もう少しプロセスを経験して、自分なりに理解してみたい。
それが今回アヤワスカにリベンジ参加した大きな理由です。
2年越しのリベンジ。もう一度、確かめたかった。
あれから2年が経ち、元夫とは離婚して生活も一変しました。
それでも、ふとした瞬間に顔を出す孤独や悲しみ、胸の奥に眠る喪失感は消えていませんでした。
一方で、イタリアという土地でゼロから暮らしを立て直し、前進している自分を「もっと愛してあげたい」という強い想いもありました。
2年前とは違う場所に立っている今の私がアヤワスカを体験したら、何を感じるのだろう。
特別な答えを求めるのではなく、もう一度そのプロセスを味わい、自分なりに理解してみたい。
それが、今回アヤワスカのリベンジ参加を決めた一番の理由です。

目次
①アヤワスカリトリートのリベンジを決めるまで
十数年前に知ったアヤワスカ
南米バックパック中に知った存在
私が初めてアヤワスカという言葉を知ったのは、十数年前に南米をバックパックしていた頃でした。
旅行者同士で情報交換をしていると、
「伝統的な方法でシャーマンからアヤワスカの儀式を受けられる場所がある」
という話を耳にすることがありました。
トラウマや自分の内面と向き合う、ある種の「心のデトックス」のような体験ができるとも聞きました。
興味はありました。
でも、実際に参加するほどではありませんでした。
興味本位、実行未満。
そんな距離感のまま、十年以上が過ぎました。
2024年、最初のアヤワスカ
夫婦関係を見つめ直すための参加
その後、私はイタリア人男性と結婚しました。
結婚生活を続ける中で、お互いの価値観や気持ちの違いが大きくなり、今後の関係について考える時期がありました。
そこで、日常から一度離れ、お互いの気持ちを整理する機会として、2024年に元夫とオランダのアヤワスカ・リトリートに参加しました。
これが私にとって最初のアヤワスカでした。
一度目のセレモニーでは、自分の身体が鋼の鱗で覆われているように感じました。
私はその鱗を一枚ずつ剥がし続けます。
剥がしても、また生えてくる。
当時は非常に怖い体験でした。
後から振り返ると、自分が作ってきた心の防御を、一枚ずつ外そうとしているようにも感じられました。
2回目のセレモニーでは、自分の存在そのものを否定されるような感覚もありました。
その中で私は、私が生まれる以前に、この世界に生まれることのなかった母の子どもたちと、そのとき感じた存在を関連づけて考えました。
もちろん、本当にそうだったと証明できるものではありません。
その瞬間の私は、そう感じました。
そして、その子供たちに自分の存在を否定され続けました。
私は長い時間泣き、元夫の手を握りながら、
「愛している」
と何度も言っていました。
二年経った今になって振り返ると、その言葉には愛だけでなく、
「この世から消えたくない」「この関係を失いたくない」
という恐怖や、夫婦としての責任感も混ざっていたのだと思います。
そのため、最初のリトリートのあとも、私の中には少し消化しきれない感覚が残りました。
二年後、もう一度参加する
もう一度確かめたいと思った理由
それから二年。
元夫とは離婚し、生活も大きく変わりました。
二年前とは違う状況にいる自分が、もう一度アヤワスカを経験したら、何を感じるのだろう。
そんな興味がありました。
また、一度の経験だけで、
「アヤワスカとはこういうものだった」
と決めてしまいたくない気持ちもありました。
何か特別な答えをもらうというより、もう少しプロセスを経験して、自分なりに理解してみたい。
それが今回参加した大きな理由です。

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